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トリトコブログ

日々のあれこれを、オワ丸とクロミチが大体交代で更新。

過去ログ

コミティア128終わりました

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オワ丸です。コミティア128、無事終了しました。スペースに来て下さった方、どうもありがとうございました。今回は新刊や新柄ポストカードなど、新しいものが何も無かったので申し訳なかったです。クロミチが直前に風邪を引き、オワ丸が5月病だったために色々と準備が遅れに遅れまして、告知やら何やらが不十分だったなぁと反省しております。京都大阪遠征が楽し過ぎたから…!

当日クロミチが鼻声&ガラガラ声で、隣で聞いてても何言ってるか全然分からなかったんですが、感染るような風邪ではないようなので、スペースに来て下さった方々ご安心下さい。当のクロミチは到着早々「腹が減ったと」言い出したり、会場をウロウロして新刊をゲットしたり、お土産買ったりしてエンジョイしてました。人に酔って貧血だったオワ丸の方がグンニャリしてた。

今回もイラストブースだったので、イラスト集を一番手に取っていただいてたんですが、4年目?になってから「前回1冊買って面白かったので、他のもください」と大人買いされる方がチラホラいらっしゃって驚いています。あまりの太っ腹ぶりにこちらの計算が追い付かなくてお待たせしてしまったり…本当に嬉しかったです。それと、終了間際、大分昔の季刊エスでのポストカード企画で描いたクロミチの絵を覚えてて声をかけて下さった方がいて、本人めちゃくちゃ感激しておりました。どうもありがとうございました。

次回は11月?のコミティアを予定しております。また青海展示場なのかなぁ…駅の精算機少ないし、会場のトイレ少ないしスマホの電波弱いしで微妙だったけど…。2月のコミティアが終わった時点で、通販を5月に先延ばしにしましたが、申し訳ありませんが11月に延期にさせていただきたいそ思います。体調面等、諸々の準備が整い辛い感じなので。出られれば11月のティアで何かしら新刊があると思いますのでそれと合わせて通販出来たらなぁと思っています。

京都・大阪の旅

クロミチです、オワ丸さんが藤森祭の事を書いてくれたので、今回の旅行で訪れた他の場所の事などを。


今回お宿はいつもの駅に近いホテルではなく、京都の町家を1棟お借りしました。町家の1棟借りってお高いイメージがあったのですが、計算してみたらいつも頼んでる新幹線と宿泊が一緒になったパックの宿よりも安かった(ただし夕食・朝食は出ません)。
「京町家宿 京みやび」さんという、北野天満宮さんを南にまっすぐ10分弱歩いたところにあるお宿です。このお宿、内装がとにかく可愛いんですよ。最寄り駅は円町駅で少し歩かなきゃなんですが、ホテルの部屋では味わえない”京都に住む”っていう感覚を体験させてもらえてとても嬉しかったです。ゆっくり2泊して思ったのは、町の中にこれといったスーパーや商店街がないのに京都の人はどこで野菜とか肉を買ってるのかなぁと。。とりあえず北野天満宮さんがご近所さんっていうのがとにかく信じられない位嬉しくて、日暮れや夕飯後毎日散歩に行ってました。最終日には勿論、髭切さん・静形さんも見てきました。花江夏樹さんの解説がエンドレスで流れてたなー。

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前回・前々回の旅で唯一行けなかった建勲神社さん。ここも宿から徒歩圏内です、階段死にそうだったけど京都の町が一望出来て新緑が爽やかだったなぁ。織田信長公をお祀りしている神社で、なおかつ刀剣乱舞の割と最初にドロップする事でお馴染みの宗三さんや薬研兄貴の写しを所蔵している事でも有名です(※今は展示期間ではないです)。社務所に鈴木次郎先生の生色紙が置いてあったけど、コピックで塗ってあるから陽に当たってだいぶ色が飛んでしまってました・・・。お参りしてご朱印をいただいたら、「でかした!」って言ってる信長公の判子が押してある紙が挟まってました。嬉しい。

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5/5の藤森祭がお昼過ぎからだったので、午前中は平等院へ。GW中という事もあってここは観光客だらけ。今回ここへ来たのは獅子王のじっちゃんこと、源頼政公の最期の地を見る為です。頼政は同じ源氏の中でも源頼朝側から見ると裏切者にも見える部分(源氏も色々あるから・・・)もあるけれど、打倒平清盛を掲げて最期まで戦い抜いた、立派な源氏の武士だと私は思います。平等院は、頼政が平家打倒を画策してる最中に計画がバレてしまい、奈良方面へ逃げる途中、一緒に挙兵した以仁王を逃がす為に頼政が陣を敷いた場所です。宇治川の橋を落としたりして粘ったものの、平知盛(歌舞伎では壇ノ浦でイカリを巻き付けて入水する猛将)の大群に押され、この地で自害したそうです。

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頼政が亡くなった「扇の芝」。自害する際に太刀で腹を突いたそうですが、その太刀が果たして獅子王だったのかどうかはわかりません。そうだったとしたら切なすぎるけど。。。

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多分知ってる人しか来ない、平等院の裏に頼政のお墓があります。とてもきれいにしてあって、平等院も見えるしここだったらバッチリ安らかに眠れそうって位、お墓の立地が最高でした。お墓の周りをヤマガラの群れが楽しそうに遊んでたなぁ・・・!あんなにのどかで平和なお墓初めて見たなー。辞世の句は悔しさや自嘲がにじみ出てる切ないものだったけど、あの世では安らかにしてるんだろうなって位、とても良いお墓でした。

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平等院の鬼瓦、ちょっと獅子王の連れてる鵺(ぬえ)に似てると思ったなー。

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最終日、大阪の石切劔箭神社へ。台風で被害の大きかった絵馬殿が治っていてホッとしました。修繕の寄付に参加したら、後日お礼の手紙が来てびっくりしたー。そうそう、宝物殿へ行く前にオワ丸さんと一緒に今回もご祈祷を受けました。ちょうど1年前に受けたのですが、長年患ってた持病が医者も驚くくらいピタッと止んだから。前回1人だけ「家内安全」という願いで神様の前で名前を読み上げられたオワ丸さんは、今回は皆と同じく病気回復にする!と。病気平癒の神社ですからね・・・家内安全は目立つのかもです。ちょうど外耳炎で医者に通っているので「耳のはれ(腫れ)」と書いた紙を巫女さんに渡したら、「右の耳ですか?左の耳ですか?」「え!両方?」「喉からくる症状ですか?」「治療中ですか?手術は?」と詳しく尋ねられ、ご加持の先生にも同じ事を聞かれ、照れまくっていました。あの神社は本当に病院の問診みたいに症状を細かく聞いてくれるんですよね。

ご祈祷の後、宝物殿へ。石切丸、小狐丸、小烏丸が仲良く並んで展示されてて微笑ましかったなぁ~。縦型の展示は初めて見ましたが、刀の姿がじっくり見れて良いですね!(横向きだと、白い布が邪魔で刃紋がよく見えなかったりするし・・)。小狐丸は想像より小さくてかわいかった。小さいけれどちゃんと三条の雰囲気があって、エッヘン!と得意そうに立ってる小さな小狐丸を想像してしまいました。ちょっと描いてみたい・・・!小烏丸は新しい刀というのもあってか白っぽくピカピカしていましたが、形はやはり異質で不思議な感じでしたね。石切丸は去年京都の「京のかたな展」で見た時よりスマートに見えました。そもそも細い刀だけど縦型展示だったからかな。かたな展で三日月さんを見た時に「薄い氷か何かで出来てるみたい」とオワ丸さんと言ったことがあったのですが、それに限りなく近い感じ。スーッときれいで、いつまでも見飽きない。本当にきれいな刀でした。。。復元プロジェクトでこの刀が昔の姿に復元されたら、多分雰囲気全然違うんだろうなぁ。それこそ悪源太と呼ばれた源義平が持ってたような、勇ましい姿になるんかなぁ。。配られてたプリントだと完成した復元刀は1カ月だけ公開して、あとは神様に奉納するそうです。神様の持ち物になるという事なので今後一切公開される事はない、との断言でした。石切丸の本歌はこれからも変わらず公開されるという事でしたが、貴重な1カ月になりそうですね。

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宝物殿から出て、石切丸のパネルの置いてある部屋へ。刀剣女子しかいないかと思ったら意外にお年寄りが沢山。多分椅子に腰掛けたかっただけなんだろうけど、爺さんも婆さんも復元刀プロジェクトのPVを感心しながら見てらっしゃって。そして絶対分かってないと思うけど、石切丸のパネルを「かわいい」と言いながら写メしてたり!せっかくだから私も撮ろうかなと、リュックをゴソゴソしてたら警備員さんがススーッと来て、小さい声で「壇上に上がって一緒に撮影できますよ・・・!」と言って去って行きました。なっ、何で?周りに他にもいっぱい人いたのに!オワ丸さんにその事言ったら「おまん(おまえ)がよっぽど壇の上に上がりたそうな顔してたんだろ」と。待て待て待て、そんな顔してないよ!

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最後に神社の東側にある神馬のいる厩舎へ。エサを与えないで下さいと書かれてたけど、優しい顔の神馬は柵から首を伸ばして外の草をモリッモリ食べてたなぁ。おかげで柵の周りの草が、1周キレイになくなってて(笑)。すさまじい食への執念、かわいかったです。石切神社へは復元刀が公開されたらもう一度来たいな・・・、今回本当に楽しい旅すぎて、オワ丸さん共々しばらく余韻から抜け出せそうにありませんわ。。。

驚きの祭

オワ丸です。クロミチと前々から計画していた京都・大阪旅行第3弾、行ってきました~。今回は毎年5月5日のこどもの日に藤森神社さんの藤森祭で行われる「駈馬神事」を見る事が目的の一つ。この神社は刀剣乱舞で私の推し刀「鶴丸国永」が奉納されていた神社です。以前鶴丸の写しが公開していた際に訪れたんですが、宝物館内の壁に”走る馬の背で逆さまになったり、扇を広げている氏子さん”の写真が沢山飾られていました。不思議に思って調べてみると1200年の歴史がある神事であり、すっごい面白そうでした。(藤森神社さんのHPに詳しく載っています)

実際こんな感じの神事です。↓

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約180メートルの参道の馬場を失踪する馬の背中(この場合は首元?)で様々な技を繰り出します。馬は地方競馬でイイ所までいったガチの馬。現代的な防具は一切ナシ。命綱もありません。

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逆さになって足に扇を挟んでいます。「何故!?」と思うような技も生で見るとスゴイんです。迫力も馬の速さも本当に想像以上で、来たー!と思ったらあっという間に通り過ぎてっちゃう。オワ丸達が見ていた場所には走り出しから5秒もしないで駈けてきました。止まれずに拝殿まで突っ込んでいく元気な馬や、技の途中で落馬する乗り子さんもいました。けど乗り子さん達の、誇らしい顔で発走位置に向かう姿がとてもカッコイイんです。

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こちらは「一字書き」という技、写真では止まっているように見えるかもですが、実際は全力疾走状態です。今回は新元号になって初めてのお祭りだったので「令和」の二字。ええ、まごう事なき令和。書いた後で左右の沿道の参拝者に字を見せるまでが一連の技なのでこれも大変。

何処にいたのか全然わからなかったんですが、駈馬神事の説明・解説や乗り子さんの紹介をしてくれる、スピーカーから聞こえるオジサンの話し方がいちいち面白くて楽しませてもらいました。予定と違う技が急に出たりすると、「先に言うてや~」とぼやいたり、技が失敗すると「彼はもう、二度と同じ失敗をすることはないでしょう」と壮大な感じにまとめたり、発走が遅れていると「その紫(手綱)の馬誰が乗るんや!」「馬、遊ばせてたらあかんよ!」という声まで丸聞こえで非常に和みました。あの声の主は影の功労者です。

今回クロミチが頑張って沢山写真を撮ってくれました。オワ丸は2枚しか撮らなかった…クロミチは50枚近く撮ったみたいだけど半分くらいは馬が画面に収まってなかったそうです。それくらいの一瞬のスピード!もう少し神社が近い場所なら毎年見に行きたいくらいだなぁ。そういえば境内で買った焼団子、みたらし味にきな粉をまぶしてくれてすごい美味しかった。あれは一体何団子…?

山菜とおばあちゃんとママさんと


クロミチです、今年は山菜の出る時期が早まってるようだ、と親から連絡が来たのでいつもより予定を早めて帰省してきました。去年は夏暑く、冬は雪が少なかったからなぁ。電車を降りると地元は八重桜が丁度満開で少し不安に・・・。本当はこの花の散り始めがワラビの成長に一番良い時期なんですよ。山に着いてみると案の定3日程早かったかなぁといった感じ、自分がいつも行くポイントは若いものばかりでほとんどスカりました。朝6時半に起きてすぐ山菜取ってたのでみんなお腹ペコペコ、8時頃山の南側に集まっておにぎり休憩したのですが、その斜面でまさかのワラビが大フィーバー。その後山の奥へ入ったらタラの芽とゼンマイがフィーバーして!むしろいつも行くポイントがことごとくスカるという、ちょっと珍しい年になりました。次の日、父と豆の種とサツマイモの苗を植え、畑を耕運機で耕して。オワ丸さんは菜っ葉をこれでもかって程採りました。休みに帰ったんだか働きに帰ったんだか。
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ワラビ、こんな感じで生えてます・・・が、やっぱり若い。これのもう5~10センチは欲しい!
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斜面でワラビを採るオワ丸さん、毎年恒例の柿崎隊みたいな上着。母は私たちに上着を取られたので「太極拳協会」って胸にバーンと刺繍の入ったジャージでワラビばんばん採ってましたわ。

そういえば3月に一度帰省した時、熱が下がらず入院したおばあちゃんに会ったのですが、その時はぼーっと中空を見たままで話しかけてもほとんど表情は変わらず、言葉も「う」とか「あぁ」とかしか出ず。・・・ああ、これはおそらくGWまで持たない、覚悟を決めなければならないと涙を堪えて帰ったのですが、今回退院して施設に戻ったおばあちゃんは・・・めっちゃ元気でした!3月のアレはなんだったんだって位、ハキハキ喋る喋る。おまけに「早くいい人見つけれや」と怒られる始末。施設の人によれば食欲も旺盛らしく、安心を通り越して何か拍子抜けしてしまいました。昔の、いつものおばあちゃんと久々に喋った気がしたなぁ。本当にこの2カ月おばあちゃんのことばかり気に掛かって夜中寝れなかったり、仕事中もふいに悲しくなったりしてたから。。。

もう1つ、今回は高校生の頃お世話になってた美容室へ遊びに行きました。そこは母のお友達の実家兼美容室なのですが、昔は色街や花街があったという名残が色濃く残る駅前の通りの、場末感たっぷりのバーとかスナックが立ち並んでる場所にありまして、もちろんそうゆうお店の人も開店前普通に通ってくるお店です。高校への近道でもあったのですが、ヤのつく職業の方々が昔から取り仕切っている大通りも近く、当時学生であの場所を歩くのは危ないと言われてましたね(※ママさんの店は危なくないですよ!)。ママさんは自分の剛毛をいつも良い感じに切ってくれて、受験に送り出してもらったり、初めて髪を染めてもらったり、大変お世話になりました。ママさんの見た目は志茂田 景樹が女の人になったみたいな感じで、スラッとして栗色のパーマのショートヘア、いつも黒いタイツにスカートで、客と話しながらスパスパ煙草吸いつつコーヒー飲む、ONEPIECEに出てきそうなめちゃくちゃカッコイイ方です。・・・って、ここまでツッコミ所が多すぎですね!
今回お邪魔したのは、1月に帰省した時に半身不自由の叔父が飼ってた金魚(詳しくは→こちら)が、叔父の家の改築の為にいよいよ行き場がなくなってしまい、実家ではグッピーがいるので面倒を見きれないと言われ、ちょうど飼っていた金魚が亡くなって悲しんでいたママさんが預かってくれる事になり、その様子を見に行ってみようと。お店、全然変わってなかったなぁ。店の中に飾ってあるパズルが(多分ママさんの煙草で)黄ばんでたり、飾り物が増えたりしてたけど、昔ながらの椅子もパーマ液のツーンとした臭いも当時のまんま。ママさんも全然歳とってなくて当時のままの姿で驚いた・・・!自分が学生時代に戻ったみたいな気分になりました。
金魚も2匹とも元気で、金魚をすぐに気に入ってくれてたお孫さんが金魚たちに[ハナちゃん][キンタくん]と、名前までつけてくれたそうです。か、かわいい・・・!あくまで叔父の家が完成するまで預かってくれって事だったんですが、でもこれ、こんなに可愛がってくれてるって・・・多分返してくれないですよね。てか、言えないよそんな返してとか、絶対お孫さん泣くじゃんー!などと、オワ丸さんと苦笑しました。叔父も金魚の面倒見れるかわからないと言ってたからなぁ、これは家が完成した後でどうするか考えないとですな・・・。

エンドレス+拍手お返事

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オワ丸です。絵を一枚描きました。↑の写真で3枚あるのは2度失敗したからです。完成品は一番左で、今トップ絵になっています。元々一番右の絵を描いていて、ここまで塗ったんですが何か気持ちが進まなくなってきて断念!そもそもエスへの投稿の締切2日前の事です。翌日真ん中の絵を描きだして、終わったのが深夜2時。間に合ったーと思っているとクロミチがビミョーな反応…色々とオワ丸がうっすら感じていた「こんな感じかな~…」という”掴みきれていない感”をズバリと指摘されまして…深夜3時、締切当日だけど、描き直し!このまま終わらせるのは絶対違う!と、郵便局の窓口が閉まる時間が5時なのでそれまでひたすら描きまくって午後3時半、完成!4時過ぎに郵便局へ。絵が手元にあった時間が過去最短だと思うので、今画像を見返しても「これは誰がいつ描いた…?」な気持ちですが、今現在出来る事はやったかなと思います。

今回こんなにやり直したのにはちょっと理由がありまして。4月の頭に亡くなったボカロのPとしても有名なWOWAKAさんへの追悼の気持ちで描いていたからです。この方の作った曲が好きで、絵を描く時には必ず聴いています。3枚描いてはみたけれどまだ何か出来るんじゃないかなぁとか、もっと表現できることがあったんじゃないかなぁとか、今でもまだ悶々しているので、多分もう1枚は描くような気がします。ちゃんと描き終えなければいけないと思うので。WOWAKAさんのご冥福をお祈りいたします。



拍手お返事
>>フジカワさん
藤安刀匠のお話、読んでいただいてありがとうございます!あんな風に思いながら刀を作ってるんだなぁとか、心のお守りとしての刀の存在だったり、今まで考えたことも無かった視点のお話しで胸が熱くなりましたね。京都方面への旅行、同じ頃に私達も行く予定で今から二人でソワソワしています。旅行当日、晴れるといいですねぇ。

パトロンになりました

箱根の旅館でいっぱい落書きしてきました、書斎のあるお部屋でよかったー!
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クロミチです、石切丸のご実家こと石切劔箭神社のクラウドファンディング「創建2677年 石切劔箭神社 「刀剣奉納」プロジェクト」にオワ丸さんと共に参加しまして、石切丸が本当の御神刀になるためのパトロンにならせていただきました!パトロン・・・なんかお金持ちそうな響き。。。
ゲームの刀剣乱舞では石切丸は”石切劔箭神社の御神刀”という設定ですが、正しくは神社の象徴的な刀(神社の名前にある「劔」は、剣で岩を斬る位神様の力が強い事を表している)ではあるもののあくまで奉納刀という立場です。簡単に言うと御神刀は神様の力を強める法具・持ち物で、奉納刀は神様への捧げものです。プロジェクトの概要や動画を見て驚いたけど、あそこの神社の神様は創建当時から法具を持っていない状態だと。。。Fateだったら丸腰状態で2677年間踏ん張ってこられたって事ですよね。そして更に驚いたというか愕然としたのが、石切丸は刀としてもう限界の状態にあるという事。去年京都で開催された「京のかたな展」で石切丸を見た時、兄弟刀の三日月と同じくらい美しいけど何か不自然さがあるというか、どこか人工的な細さ・形のアンバランスさが気になったのですが、それはやはり気のせいではなくて。。。この世に生まれて1000年、再刃や研磨によってすり減り続け、幕末期に神社から流出した際には何があったかわからないけど更に短くなって神社に帰ってきたと。もはや元々の形とはかけ離れた姿になってしまっているという事だったんです、そして刀にはそれ以上研ぐと折れたり破損の原因になる研磨の限界回数があり、石切丸はそれに近づいているとも。そんなボロボロな状態で参拝者を見守っててくれたのかと思うと涙出てくる。。。確かになー・・・悪源太の佩刀にしてはスリム過ぎるとは思っていましたが・・・。そして更に御神刀になりたい石切丸には悲しい事に、石切丸はその存在に文化財的・資料的価値があり過ぎて、ご神刀として神様に奉納する事が不可能という事なんです。あんなにゲームの中で一生懸命加持祈祷に励んでいるのに・・・!

今回の刀剣奉納プロジェクトは、そんな石切丸の茎(なかご、切っ先の反対のおしり部分、ここは生まれた時から研がれていない)から錆を採取し、それを玉鋼に混ぜて石切丸の分身を新たに作って神様に奉納しよう!というもの。正真正銘石切丸が御神刀になれる歴史的な事業なんです。最初錆を採取するって聞いて、おろし金みたいなのでゴリゴリやるのかと思ったけど、布でふき取る程度だそうです、ホッとした。。。ゲームの中では西暦2205年の出来事として刀剣乱舞の石切丸は自分の事を「石切劔箭神社の御神刀」と名乗りますが、それがついに現実になるんですね・・・!奉納にあたっては石切劔箭神社の「劔」である石切丸と、「箭」である天羽々矢(あめのはばや)の矢と矢筒も一緒に収められるそうです。やっと神様のお力になれる・・・!そういう嬉しさを噛みしめてる石切丸を描いてみたくて、居ても立ってもいられず上の絵を描きました。

自分にとって石切丸は一番好きな刀剣男士であると同時に、石切劔箭神社には生まれた時から患っていたどうしようもなく厄介な病気をピタッと鎮めてもらった恩があります。今回わずかではありますが、恩返しをさせてもらえる機会に恵まれて本当に嬉しいです。
刀剣乱舞をご存知ない方、ぜひ動画だけでも。
「創建2677年 石切劔箭神社 「刀剣奉納」プロジェクト」
そして現代、日本刀が抱える危機的な状況を多くの人に知ってもらいたいです。これを読むとなぜ今この時期に石切丸の復元が必要なのかちょっと解る。。。少し長いですが、同じくモノ作りの人間としてとても親近感が湧く内容でした。
鶴丸・薬研の写しを作刀された藤安将平刀匠の言葉。

もう春だった

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オワ丸です。クロミチと箱根行ってきました。桜はまだ早いかな~と思っていたらガッツリ咲いてました。こちらは北条氏にゆかりのある”早雲寺”の桜。オワ丸は旅行の前日にガラケーからスマホに替えたばかりだったので写真もろくに取れない状態で、シャッターボタンを押そうとしてホームボタン押しちゃったり、カメラのつもりが録画機能が起動してたりで全然上手く撮れませんでした。クロミチにお手本見せてくれ~とバトンタッチして↑の写真を撮ってもらおうとしたんですが、クロミチもまだ不慣れで何故か画面がいきなりの10カウント…。二人で慌てている間に「バシャバシャバシャッ!!×10」と猛烈に連写し始めて全く同じ桜の写真が10枚撮れました。う~ん難しいなぁ…。

そういえば旅行前に風邪を引いたんですけど、そのまま花粉症になったくさいです。免疫力が下がってたとかそんなか?そんなことってあるんだろうか?鼻水が止まらないしなんだか顔面がいつも乾燥しているような気になるんですよね…。あまりに鼻水が止まらないので、鼻にティッシュを詰めて寝たんですが、クロミチから「鼻の周りがカブレるからやめた方がいい。」と忠告されました。そ、そうなのかそうゆうもんか?と思っていると「自分が経験済みだ」とクソ真面目な顔で言ったのでそうゆうもんらしいです。なんでそんな馬鹿々々しい事をもう既にやってるかなぁこの人は…。にしても健康な鼻が欲しい…。