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トリトコブログ

日々のあれこれを、オワ丸とクロミチが大体交代で更新。

京都・大阪の旅

クロミチです、オワ丸さんが藤森祭の事を書いてくれたので、今回の旅行で訪れた他の場所の事などを。


今回お宿はいつもの駅に近いホテルではなく、京都の町家を1棟お借りしました。町家の1棟借りってお高いイメージがあったのですが、計算してみたらいつも頼んでる新幹線と宿泊が一緒になったパックの宿よりも安かった(ただし夕食・朝食は出ません)。
「京町家宿 京みやび」さんという、北野天満宮さんを南にまっすぐ10分弱歩いたところにあるお宿です。このお宿、内装がとにかく可愛いんですよ。最寄り駅は円町駅で少し歩かなきゃなんですが、ホテルの部屋では味わえない”京都に住む”っていう感覚を体験させてもらえてとても嬉しかったです。ゆっくり2泊して思ったのは、町の中にこれといったスーパーや商店街がないのに京都の人はどこで野菜とか肉を買ってるのかなぁと。。とりあえず北野天満宮さんがご近所さんっていうのがとにかく信じられない位嬉しくて、日暮れや夕飯後毎日散歩に行ってました。最終日には勿論、髭切さん・静形さんも見てきました。花江夏樹さんの解説がエンドレスで流れてたなー。

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前回・前々回の旅で唯一行けなかった建勲神社さん。ここも宿から徒歩圏内です、階段死にそうだったけど京都の町が一望出来て新緑が爽やかだったなぁ。織田信長公をお祀りしている神社で、なおかつ刀剣乱舞の割と最初にドロップする事でお馴染みの宗三さんや薬研兄貴の写しを所蔵している事でも有名です(※今は展示期間ではないです)。社務所に鈴木次郎先生の生色紙が置いてあったけど、コピックで塗ってあるから陽に当たってだいぶ色が飛んでしまってました・・・。お参りしてご朱印をいただいたら、「でかした!」って言ってる信長公の判子が押してある紙が挟まってました。嬉しい。

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5/5の藤森祭がお昼過ぎからだったので、午前中は平等院へ。GW中という事もあってここは観光客だらけ。今回ここへ来たのは獅子王のじっちゃんこと、源頼政公の最期の地を見る為です。頼政は同じ源氏の中でも源頼朝側から見ると裏切者にも見える部分(源氏も色々あるから・・・)もあるけれど、打倒平清盛を掲げて最期まで戦い抜いた、立派な源氏の武士だと私は思います。平等院は、頼政が平家打倒を画策してる最中に計画がバレてしまい、奈良方面へ逃げる途中、一緒に挙兵した以仁王を逃がす為に頼政が陣を敷いた場所です。宇治川の橋を落としたりして粘ったものの、平知盛(歌舞伎では壇ノ浦でイカリを巻き付けて入水する猛将)の大群に押され、この地で自害したそうです。

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頼政が亡くなった「扇の芝」。自害する際に太刀で腹を突いたそうですが、その太刀が果たして獅子王だったのかどうかはわかりません。そうだったとしたら切なすぎるけど。。。

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多分知ってる人しか来ない、平等院の裏に頼政のお墓があります。とてもきれいにしてあって、平等院も見えるしここだったらバッチリ安らかに眠れそうって位、お墓の立地が最高でした。お墓の周りをヤマガラの群れが楽しそうに遊んでたなぁ・・・!あんなにのどかで平和なお墓初めて見たなー。辞世の句は悔しさや自嘲がにじみ出てる切ないものだったけど、あの世では安らかにしてるんだろうなって位、とても良いお墓でした。

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平等院の鬼瓦、ちょっと獅子王の連れてる鵺(ぬえ)に似てると思ったなー。

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最終日、大阪の石切劔箭神社へ。台風で被害の大きかった絵馬殿が治っていてホッとしました。修繕の寄付に参加したら、後日お礼の手紙が来てびっくりしたー。そうそう、宝物殿へ行く前にオワ丸さんと一緒に今回もご祈祷を受けました。ちょうど1年前に受けたのですが、長年患ってた持病が医者も驚くくらいピタッと止んだから。前回1人だけ「家内安全」という願いで神様の前で名前を読み上げられたオワ丸さんは、今回は皆と同じく病気回復にする!と。病気平癒の神社ですからね・・・家内安全は目立つのかもです。ちょうど外耳炎で医者に通っているので「耳のはれ(腫れ)」と書いた紙を巫女さんに渡したら、「右の耳ですか?左の耳ですか?」「え!両方?」「喉からくる症状ですか?」「治療中ですか?手術は?」と詳しく尋ねられ、ご加持の先生にも同じ事を聞かれ、照れまくっていました。あの神社は本当に病院の問診みたいに症状を細かく聞いてくれるんですよね。

ご祈祷の後、宝物殿へ。石切丸、小狐丸、小烏丸が仲良く並んで展示されてて微笑ましかったなぁ~。縦型の展示は初めて見ましたが、刀の姿がじっくり見れて良いですね!(横向きだと、白い布が邪魔で刃紋がよく見えなかったりするし・・)。小狐丸は想像より小さくてかわいかった。小さいけれどちゃんと三条の雰囲気があって、エッヘン!と得意そうに立ってる小さな小狐丸を想像してしまいました。ちょっと描いてみたい・・・!小烏丸は新しい刀というのもあってか白っぽくピカピカしていましたが、形はやはり異質で不思議な感じでしたね。石切丸は去年京都の「京のかたな展」で見た時よりスマートに見えました。そもそも細い刀だけど縦型展示だったからかな。かたな展で三日月さんを見た時に「薄い氷か何かで出来てるみたい」とオワ丸さんと言ったことがあったのですが、それに限りなく近い感じ。スーッときれいで、いつまでも見飽きない。本当にきれいな刀でした。。。復元プロジェクトでこの刀が昔の姿に復元されたら、多分雰囲気全然違うんだろうなぁ。それこそ悪源太と呼ばれた源義平が持ってたような、勇ましい姿になるんかなぁ。。配られてたプリントだと完成した復元刀は1カ月だけ公開して、あとは神様に奉納するそうです。神様の持ち物になるという事なので今後一切公開される事はない、との断言でした。石切丸の本歌はこれからも変わらず公開されるという事でしたが、貴重な1カ月になりそうですね。

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宝物殿から出て、石切丸のパネルの置いてある部屋へ。刀剣女子しかいないかと思ったら意外にお年寄りが沢山。多分椅子に腰掛けたかっただけなんだろうけど、爺さんも婆さんも復元刀プロジェクトのPVを感心しながら見てらっしゃって。そして絶対分かってないと思うけど、石切丸のパネルを「かわいい」と言いながら写メしてたり!せっかくだから私も撮ろうかなと、リュックをゴソゴソしてたら警備員さんがススーッと来て、小さい声で「壇上に上がって一緒に撮影できますよ・・・!」と言って去って行きました。なっ、何で?周りに他にもいっぱい人いたのに!オワ丸さんにその事言ったら「おまん(おまえ)がよっぽど壇の上に上がりたそうな顔してたんだろ」と。待て待て待て、そんな顔してないよ!

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最後に神社の東側にある神馬のいる厩舎へ。エサを与えないで下さいと書かれてたけど、優しい顔の神馬は柵から首を伸ばして外の草をモリッモリ食べてたなぁ。おかげで柵の周りの草が、1周キレイになくなってて(笑)。すさまじい食への執念、かわいかったです。石切神社へは復元刀が公開されたらもう一度来たいな・・・、今回本当に楽しい旅すぎて、オワ丸さん共々しばらく余韻から抜け出せそうにありませんわ。。。
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